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watermelon

随想  葉月

 

blue sea

 夏休みをテーマにしたTVゲームが売れているようです。購買層は30〜40歳を中心とした世代が主力となっているなどとニュースで報じられていました。考えてみると不思議な話です。彼ら(或いは我ら)は、そもそも少年期にTVゲームなどというもので遊んだ経験などありません。もっぱら、遊びとは戸外での活動を意味したものでした。ゲームセンターの類はありましたが、そこは、メカ主体のローテクが支配する世界でした。ピンボールやスマートボール、ミニパチンコなど、また、名前は覚えていないのですが(というより、一般的な呼称があったかどうかさえ定かではないのですが)おもちゃのオートバイや車を、回転するローラー布に描かれた道路上を正確に走らせて得点を競うゲーム機などが、繁華街の少しさびれた感じの店や温泉旅館などにありました。一時のブームで終わったのですが、リモコンレーシングカーのサーキットなどもありました(ミニ四駆とは似て非なるもの)。


 僕はと言えば、もっぱら麦わら帽子を被り、右手に補虫網(ワープロで補注網としか出ないので、ガックリきている私がここにいる)、肩には胴乱(これまた、ワープロで動乱としか出ない。植物採集に用いる円筒状・長方形の携帯具のことです)を下げて、カンナ日がな一日祖父の家の近所をさ迷っていたものでした。カンナの赤さに惚れこんで、花の茎をかじったり、アゲハ蝶や玉虫(日本史で出てくる玉虫厨子の玉虫です。断じて団子虫ではありません)を収集したりしていました。当時は、防腐剤が注射器と一緒に売られていて、虫に針を刺すなどといったことは誰でもやっていたような気がします。日が傾いて少し涼しくなる頃には、三角ベース(3塁がない野球)に興じたり、フットサルならぬミニサッカーをやったりするのが正しい夏休みの一日だったと記憶しています。


 それでも、雨の日は戸外という訳にはいきませんし、夕立もあります。そんなときの僕の楽しみは何といっても「図鑑」でした。アゲハ本棚から何冊かを抱えて来て、畳の部屋に寝そべり外の雨音を聞きながら読み耽ります。何かを調べようという読み方ではありません。五十音順の百科事典と違い、図鑑は分野別ですから、「天体」とか「昆虫」とかを次々と読み進むうちに、DVDのマルチストーリー顔負けの物語りが次々と浮かんでくるのです。タマムシ何だかRPGのようだなぁ…と感じた方もいらっしゃると思うのですが、まさにゲームソフトがトレースしたがっている世界がそこには在ったと思います。無目的に何かをすることこそ「遊び」なのだと私は考えるのですが、最近では遊び自体が管理されて、予め何がしかの達成感を得られるものに仕上げられているのが現状でしょう。残念でなりません。



 ツクツクボーシの声が再び大きくなって雨が上がったことに気付けば、物語の世界は終わりです。 ユリと空下駄をつっかけて濡れたユリの庭に走り出るのは、虹を探すためです。まあ、見つからないことの方が多いですが…、しかし、夏空にはとびっきり大きな入道雲が鎮座していました。縁側に腰掛け井戸で冷やしてもらった西瓜を食べて、思いっきり種を遠くに飛ばします。60〜70年代には、そこここで普通に見かけられたこんな光景がテレビのCFでしか見れなくなってしまったのはいつからだったのでしょうか。西瓜も今時のものに比べれば、決して甘くはなかったのですが、塩を振ったりして食べていました。甘くするために、辛いものを合わせるというのは、なかなか示唆に富んでいたんだなぁと、30光年の彼方にいる僕は今、感じています。










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