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謹賀新年 



 二千年を過ぎることわずか三年にして、もはや世紀末という言葉も風化してしまった感があります。Y2Kとかノストラダムスなんてどこに行ってしまったのでしょうか。そんな時の流れの早さとは別に、矮小化する未来という時計が別の時間を刻んでいきます。出口の見えぬ不況、社会全体を覆う閉塞感、人の尊厳を奪うような事件の多発。そもそも経済だって気分に支配される人間の営みなのだから、右肩上がりなどあり得ないとは思うものの、高度成長期を経験した身からすれば、明日は今日よりもより良い暮らしが持っている…なんて、60年代の少年少女たちは本当に信じていたのです。


 01年のオスカーを外国語映画部門で受賞した「ノー・マンズ・ランド」の冒頭で、ボスニア軍兵士が、「ペシミストとオプティミスト」の違いを仲間たちに軽妙に例えていたのを思い出します。
『ペシミストは今日を最悪の日だと考え、オプティミストは明日が最悪の日になると考える』という台詞だったのですが、それが何とも乾いた笑いを館内に誘っていました。
 まぁ笑えるだけ幸せなのだろうと思いました。まがりなりにも、この国の平和が何によって(あがな)われてきたのかを考えることは、笑えることにもまして重要なことでしょう。


 そして、鉄腕アトムの生まれた年として遠くに仰ぎ見ていたその2003年がいよいよやって来ました。人型ロボットは開発中ですが十万馬力なんてとても出せません。ハイブリッドカーは登場しましたが、エアカーのように空を飛んではくれません。タワーマンションは人気ですが、高層階のみをもつ円盤型の住居は構造的にみて当分造れそうにもありません。ただ、皮肉にも日常の平穏を破る悪役だけは電子銃こそ持っていませんが、種々の形で大いに健在です。


『我々は美しい廃墟を残せるか』
という、栗田勇の問いかけた命題は新千年紀の入口に所在する今だからこそ真偽を判定されるべきものではなく、いつの時代においても未然にエラーを防ぐためのチェック・デジットとして意識されなければならないでしょう。
 テロメアに抗する旅はまだまだ続きます。しばらくは風景を眺めながら…といきましょうか。
 『門松は 冥土の旅への 一里塚』
「滅びる」と知っているからこそ美しいのですし、「消える」と思うからこそ愛しいのです。
 正月そうそう湿っぽい話に感じられるかもしれませんが、諸行無常だからこそ救われる。そう思うこともめでたいのではないでしょうか。そしてやや醒めてはいますが、新たな活力も湧いてこようというものです。


2003年 元旦










© 2003 ynishioka.




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