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随想 神無月 |
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夏の夕暮れが好きであるとかつて書いたのですが、秋も日暮れ時が好きです。考えてみれば、春も冬もそうなので、一年中暮れなずむ時間帯がもっとも好きということになります。まあ、夏は朝も昼も好きなので、「わけても」という意味を込めての夕暮れ時なのです。
収穫の季節、刈り入れがすんだ田園地帯を訪ねるのは至福の時間です。車を走らせ、わら焼く煙がたなびく里の秋に出会うと、本当に豊かな気持ちになれます。少し空気がひんやりとしてくる夕暮れ時に、紫煙ならぬ藁焼きの白い煙がそこここに立ちこめていようものなら、陽のあるうちに宿に着きたいと思っていた当初の計画など忘れさってしまい、車を停めての深呼吸です。遠い昔の記憶に訴え
かけるような懐かしい匂いを全身で感じたいのです。
知り合いに、週の半分は農業に従事している編集者がいます。その彼が一緒に食事をしていたとき、「あと何度、自分の田んぼで稲刈りができるのだろう」と僕に語ったことがあります。人生は楽しむにはあまりに短いと聞こえました。確かにそうかも知れません。しかし、主体的に自らの人生に関われる人はそれだけで幸せではないかと考えます。「贅沢な悩みだよ」と言いたかったのですが、無粋だと思い箸を口に運びました。真っ白に炊き上がった新米は、夕日に照らされたハサガケの木々(注:刈り取った稲を干すための横木を掛ける道端の木)が並ぶ光景を思い出させてくれ、文句なく美味いものでした。
秋深まる田んぼから街に帰ってくると、金木犀の花が迎えてくれます。初夏のクチナシと同様、小生の好きな香木です。クチナシは茶枯れてしまうのですが、金木犀は色褪せぬまま散ります。その上一つ一つの花が小さいので樹下をオレンジに染め上げます。桜吹雪が作る緋毛氈ほどの豪快さはありませんが、その花言葉「あなたは高潔です」に違わず、上質な絨毯を道に敷き詰めてくれます。 |
© 2002 ynishioka.
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