夏の夕暮れが好きであるとかつて書いたのですが、秋も日暮れ時が好きです。考えてみれば、春も冬もそうなので、一年中暮れなずむ時間帯がもっとも好きということになります。まあ、夏は朝も昼も好きなので、「わけても」という意味を込めての夕暮れ時なのです。
さすがに秋の日は、昼下がりのバイオリンの音色に哀愁を感じるほど僕は繊細にできていないので、日中は過ごしやすくていいなぁといった程度の味わいしか浮かんできません。しかし、陽が傾く頃になると何だかしみじみしてきます。古の歌詠み人たちも感傷的になったらしく、秋の夕べは心情を吐露する舞台として繰り返し登場してきました。
収穫の季節、刈り入れがすんだ田園地帯を訪ねるのは至福の時間です。車を走らせ、わら焼く煙がたなびく里の秋に出会うと、本当に豊かな気持ちになれます。少し空気がひんやりとしてくる夕暮れ時に、紫煙ならぬ藁焼きの白い煙がそこここに立ちこめていようものなら、陽のあるうちに宿に着きたいと思っていた当初の計画など忘れさってしまい、車を停めての深呼吸です。遠い昔の記憶に訴えかけるような懐かしい匂いを全身で感じたいのです。
周囲を見渡せば、潔く葉を捨て、枝もしなうほど重く熟した実をつけた柿の木が、そこにはきっとあります。運がよければ近くに栗も落ちているかもしれません。「絵に描いたような」という表現がありますが、こういう里の光景は、どの角度から眺めても絵画そのものです。 [next]