「初夏がいいですよ」と、かつて嵯峨の二尊院を秋たけなわの時期に訪ねたとき地元の方に言われました。緑したたる小道を木漏れ日を浴びながら歩くのも、それはそれで癒されそうだなぁと想像はできます。ですが、いかに人がごった返していようと、オンシーズンで割高になっていようと、もみじが乾燥で茶枯れしていようとも、やっぱり僕にとっての京都は秋です。
貴船から鞍馬にかけて、水筒(実際はミネラルウォーターのペットボトル)を提げてたどる山道も、上賀茂神社で焼餅を頬張りながら、碧空を朱に染める一本の楓を見るのも、秋ならではの風情です。哲学の道も他の季節より何となくありがたみが増します。そして、かなり人気(にんき)の観光地でも、ふっと人気(ひとけ)を感じなくなる時間があるのですが、その静寂の深さがまた違うのです。
また、東北は角館から九州の飫肥に至るまで、列島各地に小京都と呼ばれる町はたくさんあります。確かに何処も桜咲く春は捨てがたいのですが、小生の知る限りにおいては、どの地も再訪するならやはり秋かなと思います。山に囲まれ水清き地に位置することがこれらの町の条件なのですが、沿岸部に較べ、寒暖の差が激しい盆地特有の気候は、必然的に紅葉を鮮やかにし、冬への緊張をいやが応にも高めます。
秋はもののあはれを感じると人は言います。次に控える季節の厳しさを考えるからでしょうか。それとも収穫の宴後の虚脱からでしょうか。昼時間の減少とホルモン分泌の関係という説明も嫌いではありませんが・・・。 [next]