二千年を過ぎることわずか三年にして、もはや世紀末という言葉も風化してしまった感があります。Y2Kとかノストラダムスなんてどこに行ってしまったのでしょうか。そんな時の流れの早さとは別に、矮小化する未来という時計が別の時間を刻んでいきます。出口の見えぬ不況、社会全体を覆う閉塞感、人の尊厳を奪うような事件の多発。そもそも経済だって気分に支配される人間の営みなのだから、右肩上がりなどあり得ないとは思うものの、高度成長期を経験した身からすれば、明日は今日よりもより良い暮らしが持っている…なんて、60年代の少年少女たちは本当に信じていたのです。
01年のオスカーを外国語映画部門で受賞した「ノー・マンズ・ランド」の冒頭で、ボスニア軍兵士が、「ペシミストとオプティミスト」の違いを仲間たちに軽妙に例えていたのを思い出します。
『ペシミストは今日を最悪の日だと考え、オプティミストは明日が最悪の日になると考える』という台詞だったのですが、それが何とも乾いた笑いを館内に誘っていました。
まぁ笑えるだけ幸せなのだろうと思いました。まがりなりにも、この国の平和が何によって購われてきたのかを考えることは、笑えることにもまして重要なことでしょう。 [next]