いわゆる「1票の格差」問題で、選挙の結果が民意を反映していないという声は近年さすがに強まってきてはいます。しかし、未だ得られた選挙結果を覆すほどの判断は司法によって与えられてはいません(1)。一方、選ばれた者への不満が新聞紙上を賑わすことは多いものです。ですが、選挙の結果を「真」とする限り、選良は選良足り得ています。ですから、司直の手に委ねられし者が、何がしかの票を獲得したことを持って、禊は済んだなどと叫べる(2)でしょうし、彼が選ばれたことに不満を持つ有権者に対しては、悔しかったら投票に行けなどとうそぶけるのです。種々の問題点を抱えていることは承知の上、それでも我々が間接民主制を認めざるを得ないとすれば、選挙制度の合理性、すなわち、選挙の結果を「真」とする枠組みについての検証は、この国にとっても焦眉の問題だと考えます。
注(1)
98年9月2日の最高裁「参院定数訴訟」判決に見られるように、議員定数の正当性については、立法裁量権の限界を超えているか否かの判断のみを行う立場を遵守しています。一部のマスコミでは、86年選挙時の5.85倍の格差を合憲とした枠組みを批判する論調も見えましたが、概ね、立法府への良識ある判断を促す判決という解釈をしていたように感じました。何れにせよある特定の数字をもって、合憲・違憲の線引きをすること自体、当然ながら無理があります。
注(2)
この手の方便はいかげん聞き飽きた。このレベルの理屈しか使えないところがいかにも素人っぽく、他国との駆け引きなんてとても出来ない政治屋ですよと自ら証明しているようなもの。
ここで、小選挙区(1選挙区において1人の当選者を決める)制度のもとでのある選挙を例にとって、「少数者による多数支配」が起こる状況をシミュレートしてみましょう。
小選挙区を代表するものとして知事選が挙げられます。今、某県の知事選挙で、3人の立候補予定者A,B,Cがいたとします。地元の新聞社が有権者1万人余りを対象に、投票行動の調査をした結果、次のようになりました。
Aに投票する予定の者 … 3,100人
Bに投票する予定の者 … 3,500人
Cに投票する予定の者 … 3,900人
このまま選挙が行われば、Cの当選となるのでしょうが、でもCは、
3900÷10500=0.3714…
即ち、住民の37%の支持しか受けていない訳で、果たしてCが首長としてふさわしいのか否か判断に苦しみます。そこで、ウェストヒル戦略研究所(3)が、先の10,500人を対象に再調査することになりました。
注(3)
もちろん、実在…しません。残念ながら。
3人の立候補者を好ましい人物の順序に並べて貰いました。結果は次の(1)〜(6)の6グループに分類(4)され、各々の人数は以下の通りです。
(1) A,B,Cの順に好ましいとした者 2,000人
(2) A,C,Bの順に好ましいとした者 1,100人
(3) B,A,Cの順に好ましいとした者 2,400人
(4) B,C,Aの順に好ましいとした者 1,100人
(5) C,A,Bの順に好ましいとした者 2,900人
(6) C,B,Aの順に好ましいとした者 1,000人
注(4)
いわゆる「順列」です。数学を学んでおくこともまんざら捨てたものでもないでしょう。この教科をなるべく学ばせないようにしようと、為政者たちは将来のカリキュラムを考えているようですが、例え脆弱な民主主義であっても、それを守るには屈強な智慧が必要です。
そこで、2候補ずつでの比較を実行すると、次の3通りの結果が得られます。
T) A候補とB候補を比較すると、
AがBよりも好ましい (1)+(2)+(5)=6,000人
BがAよりも好ましい (3)+(4)+(6)=4,500人
となりますから、この2人から選択させれば、有権者はA候補を選ぶでしょう。
U) A候補とC候補を比較すると、
AがCよりも好ましい (1)+(2)+(3)=5,500人
CがAよりも好ましい (4)+(5)+(6)=5,000人
となりますから、この2人から選択させれば、有権者はやはりA候補を選ぶでしょう。
さらに、
V) B候補とC候補を比較すると、
BがCよりも好ましい (1)+(3)+(4)=5,500人
CがBよりも好ましい (2)+(5)+(6)=5,000人
となりますから、この2人から選択させれば、有権者はB候補を選ぶでしょう。
T〜VよりA候補が当選するのが、もっとも民意が反映された結果と言えそうなのですが、皮肉にもAどころか、Bにも人気の劣るCが選ばれるという不思議(5)起こってしまうのです。
注(5)
候補者が何人いても、1候補が過半数の支持を得ている場合には、このような事態は生じません。
これは、フランス革命時に活躍した、政治家でもあり数学者でもあったコンドルセによって指摘されたので、コンドルセのパラドックスと呼ばれています。
かかる事態が起きないように、ヨーロッパ大陸諸国で小選挙区制を実施している国の多くでは、「絶対多数2回投票制」を採用しています。この制度は、第1回目の投票で過半数を獲得した候補者がいない場合には、第2回目の投票を行う(6)という方法で、その2回目の投票では(国や地方により差はありますが)上位2人とか、ある条件を満たした者だけが立候補できる形で、決戦投票としています。それに比べると、日本や英米の小選挙区制度は欠陥があると言える訳で、コンドルセを悩ました問題は今も我々の手元に未解決のまま存在しています。
注(6)
'95年のフランス大統領選挙などが、その例です。シラクがジャスパンを決戦投票で逆転しました。
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